ゲイの一年 ~四季折々~

ゲイとしての今後の人生についてゆるーく考えていきたいと思います。

【創作小説】旅はつづく②

 

「……」
 沈黙。もしかして読み間違えたか? 一瞬のうちに彼がゲイではないことによって生じるであろう不利益が頭を占めたが、すぐに彼が口を開いてくれた。
「あれはバーと言うよりは、クラブじゃないですか?まぁ、カウンターで酒を飲めるからバーと言えなくもないですけどね」
 どうやら件の店の形態をバーと表現してよいものか悩んでいたらしい。まぁ理由はどうであれ、彼がゲイだと分かれば話は早い。そこからは自分の保身を気にせず話を掘り下げていくだけでよかった。


 彼の話を聞いていくと、どうやら彼はゆうきより2つ年上の26歳で、名前をさとると言うそうだ。普段は恵比寿の飲食店に勤めており、仕事帰りによく新宿二丁目に繰り出すらしい。ゆうきと出会った経緯としては、二丁目のクラブイベントで飲み、酔っぱらった勢いで友人宅に押しかけたとき、メンバーの1人として彼も交じっていたとのことだった。ゆうきもたしかにそのような出来事があったことは覚えているのだが、そのときはかなりの大所帯だったために、彼のことは記憶からすっぽりと抜けてしまっていたようだ。

 

 さとるは二丁目に関してはかなり情報通なようで、間もなくして、頼んでもいないのに話題は下世話なゴシップへと移行した。それに従い、彼の口調もすぐにくだけたものになった。
 「あのときシマって人がいたじゃないですか? メガネをかけた背の高い。あの泊まりがきっかけで少しだけ付き合ったんすけど、オタク過ぎて速攻で別れちゃいました」
 「へぇ、そうだったんですか」
 「夜はめっちゃ相性良かったから、その点に関しては申し分なかったんすけどね~」
 唐突に知人の知られざる一面を暴露され、ゆうきは微妙な心持ちになった。さとるは話し方がうまく、どんどん引き寄せられるのだが、内容はというと、聞けば聞くほどその股のゆるさに幻滅せざるを得ない。ノンケ同士だったらほぼ初対面の相手に対してそこまで赤裸々に性事情を話さないのではないだろうか? ゆうきはそう思うのだが、ゲイの世界ではその常識は通じない。彼の話題はその後、最近ヤッた中で一番気持ち良かったセックスの話に移り、その饒舌振りは加速する一方だ。さすがのゆうきも長時間の傾聴に疲れてきて、腕時計をあからさまにチラ見するという合図を出し始めたころ、ようやく彼もしゃべり過ぎたことを察したらしい。
「すみません、俺ばっかりしゃべっちゃって。いやー、こんなところでこっちのお仲間と会えたことがうれしくてつい。ちなみに、もしよかったらこれから俺の部屋に来て飲みませんか? ゆうきさん結構イケてるし」
 少し迷ったものの、せっかくの一人旅だからと、彼の誘いを丁重に断ることにしたのだが、
 「そっすか。まぁ別にそれならいいす。明日も朝から出雲で元カレとヤル予定だし。そんじゃもう部屋戻りますんで。では!」といったあっさりしたもので、そこからは1ミリほどの口惜しさも感じられなかった。彼は別れの挨拶もそこそこに、あっという間に部屋へと戻ってしまった。


 ゆうきはまるで激しい嵐が一瞬のうちにおさまったかのような急激な静けさに戸惑った。
「黙ってればイイ男なんだけどな……」ボソッと口にすると、すぐにその場から立ち上がりラウンジを後にした。

 


3,旅はつづく

 

 自室に戻り、倒れ込むようにベッドに身を委ね、今日という1日を振り返った。長くて濃密な時間だったと感じていたはずなのに、これといって強く心に残ることなど何一つない。どうやら車内で会った男とのやりとりは、自分にとってまったく価値を持たない出来事だったようだ。体は鉛のように重たいが、そのまますぐに眠りにつけるほど心穏やかな状態ではない。ポケットからスマホを取り出し、Twitterに夕食の写真と、簡単な説明文をアップする。

 

――一人旅なう。サンライズ出雲、めちゃくちゃ快適~!ただ、車中で昔の知り合いと会って複雑な気分になったww

 

スマホを枕元に投げ出すと、途端に現実に引き戻された。あぁ~、自分、今何やってるんだろう? 待ち望んでいたはずの一人旅だったのに、急激な虚しさに胸が満たされていく。
 明かりを消し、回転する車輪の振動を背中に感じて窓の外を眺めた。見える世界には散らばるように冬の星空が広がっている。羽毛がたっぷり詰まったマットのぬくもりを肌に感じているはずなのに、外の冷え込むような寒さが窓を通じて伝わってくるかのようだった。

 

 ピコン♪
ゆうきのスマホにLINEの通知が届いた。

 

――これから出雲なんだってな!夜行列車はなかなか寝付きにくいらしいから、早めに布団に入った方がいいぞ~。昔の知り合いとは何かあったのか?(笑)

 

 どうやら想い人くんが、先ほど発信したtwitterのつぶやきに対してコメントを寄越してくれたようだ。ゆうきに言わせると、こんな遅くまで起きているお前の方こそ早く寝ろよな、といったところだ。だが、スマホを手にしたゆうきは、先ほどまでのメランコリーなどまるでなかったかのように想い人くんのLINE返信をどのように書くかで心がそわそわしだした。twitterのリプライが不特定多数に読まれるのを恐れ、わざわざLINEでメッセージを送ってくる。なんでいつもLINEにtwitter読んだ感想を送ってくるかね? あぁ~、めんどくさいめんどくさい。口ではそう呟きながらも、フリック入力するゆうきの指の動きはとどまるところを知らないようだった。

 

――思っていたよりも清潔で快適だよ。一昔前の夜行列車のイメージとは全然違う。今度乗ってみたら?
――何かあったといえばあったけど、もう自分の中では解決したことだから大丈夫。心配してくれたその気持ちがうれしいよ。ありがとう!

 

 

 ――そかそか!お前が大丈夫なら良かった。
 ――そんじゃ、一人旅楽しんでな!お土産は赤福朔日餅でいいから(笑)

 

 

 赤福朔日餅なんて日程的に買えるわけねぇじゃん! 心の中のツッコミは口先まで出かけてそのまま消えた。想い人くんだってそんなことは端から分かっているであろう。ただ単にゆうきをからかっているだけなのだ。
 想い人くんとのやりとりはゆうきの荒れていた心を安らげてくれた。だがしかし、それと同時に、想い人くんのことが好きだという気持ちが再び抑えきれず、ゆうきの内側に深く浸透していった。

 

 人を好きになるという感情はなんと罪深いものなのだろう。ときには恋をしてしまったがために傷つくこともあるだろうし、ベクトルの向かう方向が異なってしまうとそれは怒りや憎しみへと変化するかもしれない。ゆうきはどれだけ考えてみても、この恋路の行く先に何が待ち構えているのかさっぱり分からなかった。やはり出雲に集まった八百万の神様たちに1人ずつ聞いて回るしかないのだろうか?
 今後どのように転んだとしても、想い人くんとはセクシャルな関係性を築くことはないだろう。分からないことだらけの現実においても、そのことだけは確実だ。だけど待てよ? 性的なつながりがなければ真実の愛じゃないなんて誰が決めたんだ? ――いや、それを決めていたのは紛れもない自分自身なのだろう。車内で出くわした男との遭逢が、ゆうきに新たな気持ちの変化をもたらしていた。


 大学を卒業して職場がバラバラになってからも、想い人くんにとってゆうきは大切な友だちの1人であり続けている。それはもちろんゆうきにしても然り。そしてその関係は今後何が起ころうとも変わらないという自信がある。なんといっても、あいつは信頼に足る男だし、それが彼のことを好きな一番の理由なのだから。


 ゆうきの恋心はどのように昇華されていくのか、その処遇についてはさておき、今後もSNSでの何気ないやりとり、月に一度の飲み会など、想い人くんとの時間を今まで通り全力で楽しんでいくことに変わりはないんだろうなぁとぼんやり思った。

 

 ……ところで、一体今は何時だ? 深い思考の世界にどっぷりとハマっていたゆうきは時間認識能力を失ってしまっていたようだ。窓から見える空はいつの間にか赤紫色に染まっている。列車の進行方向の後ろ側へ目をやると、赤紫からオレンジへと徐々にグラデーションとなっている。どうやら後方ではすでに朝日が昇り始めているようだ。ただ、これ以上首を伸ばしたところで朝日を直接目にすることはできなかった。
「おい、サンライズ見えないじゃねぇかよ!」
 列車名の不誠実さに対するゆうきの鋭いツッコミは、夜明けの冷たい空気に染み入るようにして消えていった。冬の太陽が世界を煌々と照らし、ゆうきの眼前に現れるのはまだしばらく先のことになりそうだ。出雲に着くまでには早い。ゆうきは布団に潜り、目を閉じることにした。おわり

 

 

 

※注)実際の「サンライズ出雲」の車内からは朝日を見ることはできるそうです。