ゲイの一年 ~四季折々~

ゲイとしての今後の人生についてゆるーく考えていきたいと思います。

【創作小説】旅はつづく①

読書サークルの活動の一環で小説を創作しました(くだらない内容です)

 

 

1,出発

 

 最強寒波が来たと同僚たちが口々に噂していた、凍えるような金曜日の夜。表参道にある職場を冬に舞う枯れ葉のようにひっそりと立ち去ったゆうきは、JRと地下鉄を乗り継いで半時間とかからず東京駅に到着した。表情にはそれまで休暇を取得するためにこなしてきた激務をものともしない、清々しさで満ち溢れていた。


 これから出雲往きの寝台特急に乗って出雲大社を目指す。かれこれ半年以上前から立てていた計画だった。特に信心深いわけでもないゆうきがなぜ出雲大社を目指すのか、そこには特にこれといった理由はない。強いて挙げるとするならば、出雲大社には全国各地の神々が集合すると云われているからだろうか。もちろん、自分のことを神だと自惚れているわけではない。ただ、なんとなくではあるが、八百万の神々と同じ時期に同じ行動をして集団の一員のように紛れることで、自分も神と同じような存在になれるかもしれないという奇妙な妄想を実現させようと思い立ったのだ。


 ゆうきには長い間ずっと恋焦がれてきた想い人がいる。大学生の頃にたまたま入った演劇サークルで知り合い、履修登録した授業の多くが重複していたことがきっかけで急接近した人物だ。ただ、この恋路には1つだけ問題がある。それは、その想い人がおっぱいではなくおちんちんを持っているということ。つまりそいつは男だ。そしてゆうきも、紛れもなく男である。男同士の恋愛というのは、現代日本社会ではまだまだ公に認められていないタブーで、それはまるで出口のない迷路を彷徨い続けているように無意味な行動原理だ。ただ、それでも彼のゆうきに対する親密な行動の1つひとつを思い浮かべると、いつかこの想いが届くのではないかという期待を拭い去ることはできなかった。願わくは、彼の気持ち、心の機微、趣味趣向、感情の動き、それら1つひとつをまるで全能の神のように知りたいということ。出雲往きのチケットは、そんな思い人のすべてを知ることができる、内なる世界への入口につながっているのだ。


 日本で毎日運航する寝台列車は「サンライズ出雲」と「サンライズ瀬戸」の2本だけだと知ったのはつい先日のことだ。たまたま見ていた夕方のニュースの20分弱の放送枠で、無名の女性タレントがむやみやたらに高いテンションで紹介する特集だった。夜行バスより夜行列車の方が自由に歩き回れるからエコノミー症候群にならなそうだという安直な理由で漠然と乗ってみたいと思っていた夜行列車が、今や絶滅の危機に瀕している。価格や利便性で太刀打ちできなくなった時点で衰退していく様は、これから老いて魅力を失っていく自分と重なって見えなくもなかった。


 仕事帰りの疲れた顔を浮かべるサラリーマンたちに囲まれて、これから旅に出かける優越感でほくそ笑みながら、駅弁とビールを購入する。もちろん食後のスイーツとしてリッチミルクをたっぷり使った高級プリンをカゴに加えるのも忘れない。そんなこんなで重くなった手荷物を掲げ、発車間際の列車にジャンプするように足を踏み入れた。

 

 


2,出会い

 

 乗車してすぐ、自分の部屋であるシングルルームに入室した。室内は列車の中とは思えないほど清潔で、ビジネスホテルと比べても遜色ないほどアメニティが豊富に取り揃えられていた。想像よりもくつろげる空間だったため、思いがけず、
「彼氏と来たかったなぁ~」
と呟いてしまったのだが、予期せず大きな声になってしまったため、廊下を通りがかった女子大生風の若い女2人組に聞かれたのではないかと肝を冷やす羽目になった。それからしばらくは仕事着のまま備え付けのベッドに横たわり、旅の始まりを迎える喜びを噛みしめた。時計を見ると、間もなく23時を迎えるところだった。
「やべっ!早く食わないと確実に太るな…」
 睡眠時間までにとりたい食後の時間を逆算し、弁当とビールとプリンの入った袋を抱え、駆け足でミニラウンジのある車両へと向かった。入って手前の壁際の席に腰かけると、列車はちょうど街の明かりが煌めく様子を一望できる高台に出たところだった。弁当にセットでついていた豚汁は意外にも熱々を保っていた。「特別なスープを あなたにあげる~♪」と、昔流行った歌を心の中でリピートしながら一心不乱に食事した。

 

「仕事帰りですか?」
 満腹で夢見心地に車窓を眺めていたため、誰に話しかけたのか瞬時に判断できなかったが、相手はゆうきの顔をまっすぐに向いているから、どうやら自分が話しかけられたようだと気づいた。見たところ、フレッシュマンと言っても遜色ない若い男が座っている。20代前半といったところだろうか。きれいめなグレーのジャケットに合わせた山吹色のカーディガンからは人柄の良さが感じられた。手首に付けたシルバーの腕時計はゴツくて重そうだ。右手で持つシャープなスマホからは、今しがた仕事のメールでも打っていたかのようなどことなく高雅な雰囲気が漂うものの、見方によっては流行りのゲームアプリに熱中していたように見えなくもない。短い髪を垂直に立てるようにセットされた髪型には清潔感があり、日に焼けたら真っ赤に染まるであろう生来の白い肌によく似合っていた。


 ゆうきはどのように答えるべきか思案した。いくら旅情溢れる寝台列車の車内とはいえ、見覚えのない人物と会話することには少なからず抵抗があった。ただ、同年代の男が話しかけてくれたことに胸が躍ったことは否定しようのない事実だ。それに少し好みのタイプだし。考えた末に出した苦肉の返答は、
「仕事帰りと言えば仕事帰りですね」という、なんとも歯切れの悪いものだった。そんなゆうきの逡巡など知る由もないお相手は、特に気を留めた様子もなく本題に入った。
「そうですか。すみません、急にお声かけして。実はあなたと以前お会いしたことがあるかなと思って……」
 突然の告白にゆうきは戸惑った。改めて相手の顔をじっくり観察してみたものの、特にこれといって記憶に引っかかるものはない。すぐにでも彼の素性を知りたいという欲求に支配されそうになったが、しかし、彼に覚えていないと素直に伝えることも危うい。そこでゆうきは、とりあえず場つなぎ的な会話で間をつなぎ、彼とどこで会ったのかヒントを探ることにした。
「いやー、その節はどうもお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ」
「もしかして、イメチェンしましたか?」
「あっ、そうなんですよ。気づいていただけてうれしいです。じつは最近、フェイシャルエステに通い始めて…。あごのラインが以前よりシャープになったとよく言われます」
男から突如として発せられた「フェイシャルエステ」という単語からは穏やかながらも強い自覚が感じられ、もしかしたらこっち関係の知り合いなのではないのかと勘ぐった。ジャケットスタイルのややビジネスライクな服装と態度からは判然としないものの、その可能性は十分にありえる。
「どうりで! 肌がきれいでうらやましいなと思っていたんです」
 さりげなくアピールを挟むことも忘れない。
「それはそうと、今回はどちらへいらっしゃるのですか?」
「どこかへ行くというよりは、この列車に乗るということ自体が目的ですかね。揺れる車内で寝たら、ゆりかごの中にいるような気分を味わえるのかなと思いまして」
 彼はどうやら疲れているらしい。それは都会の生活に揉まれるゆうきとて相違ないが、夜行列車に乗ることだけが目的とはめずらしい。しばらくは当たり障りのない会話を続けていたが、相手もゆうきの名前を思い出せないのか、薄い話題だけに終始する勢いだった。このままでは埒が明かないと悟ったゆうきは、思い切って尋ねることにした。
「二丁目のバーですよね?」

 

 

つづく