ゲイの一年 ~四季折々~

ゲイとしての今後の人生についてゆるーく考えていきたいと思います。

デミセクシャルゲイ

さて、今回は自分のゲイとしての根本的な部分に関わる新たな気づきがあったので、そのことについて。



まず結論からいうと、ぼくの恋愛観は”デミセクシャル(半性愛)”という言葉で表現するのが一番適切なんじゃないかということ。

デミセクシャルについてはこちらに分かりやすく書いています ↓

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一部を抜粋すると

ある日なんとなく耳にした曲。それを何度もなんども繰り返し聞くうちにその曲に魅力を感じて好きになっていっている。デミセクシュアルも、出会ったばかりで関係性が築けていない相手や絆のない相手に性的欲求を感じることはない。強い絆が生まれたと感じた相手にのみ魅力を感じ、性的欲求が湧くのだ。


これが本当に納得で、何度も会った人のことは会えば会うほど好きになってしまう。第一印象での見た目がタイプかどうかということは関係なく、何度か会ううちに新たな魅力をどんどん見つけていけるおもしろさがある。
そもそも一度だけでなく繰り返し会ってくれるということは、その相手が自分と会うための時間を割くことに対して無駄だとは思っていないということだから、その時点で何かしらの好意は向こうも持ってくれているのだなと感じている。まぁ”単純接触効果”ってやつ??

(ちなみに、ぼくは一時期、所属するゲイサークルのメンバー全員を心の中で「イケる」と感じていたことがある)



その逆のことなんだけど、ぼくは一度しか会っていない人のことは絶対に好きになることがない。一度会っただけで得られる情報というのは限りなく少ないし、まだまだ不信感が強いのだと思う。

だから一目惚れというのは一切ない。というと語弊がありそうなんだけど、たしかにルックス的に好みというのはある。ただ、ぼくは新しい人との出会いがあったとき、その人との会話や表情から、共通するものはあるのかどうか、今後も継続的な関係性を築けるかどうか、ということまで脳内シミュレーションして人を判断したい。

1回目で脳内シミュレーションを終えて、2回目3回目に会ったときに自分の結論と相手の本性を答え合わせしていく感じ。
ちょっと面倒くさいんだけど、やっぱりこれくらい慎重にいかないと良い人間関係には恵まれないと思う。新規な人との出会いには(友だちの紹介を除いて)、お金や時間がかかったりと面倒くさいもんね!



引用その2 ↓

デミセクシュアルの人は相手との心の結びつきをとても大切にする。そして、強い絆を感じて性的欲求を抱く相手が異性だけとは限らない。結びつきを感じる相手が同性だった場合も、性的欲求に発展する可能性はある。
ここで気をつけたいのは、必ずしも「デミセクシュアル=絆を感じた相手なら性別に関わらず性的魅力を感じる」というわけでもないということだ。デミセクシュアルの中にも「絆を感じた相手の中でも女性だけに性的魅力を感じる」「絆を感じた相手のうち男性に性的魅力を感じることの方が多い」という人もいる。

ぼくは絆を感じた男性にのみ性的魅力を感じるタイプ。だから『デミセクシャルなゲイ』。



ここで少し、ぼくの出会い事情を振り返ってみようと思う。


ぼくにとって、ゲイの恋愛パーティーとか紹介サービスといった初対面の人たちとたくさん出会える場というのは、効率的な出会いの場かと思いきや、逆に非常に効率の悪い出会い方だなと感じる。だって、たった一度会っただけでは人を好きにならないぼくにとって、好きだともなんとも思っていない人たち(しかもそういう場にいる人たちはことごとく草食系だからこちらから誘うことになる)を好きになるために何度も声をかけて会うということはめっちゃだるいことだから。


もしぼくが恋愛仲介するんだったら、最低3回コースで設定するな~。1回目は室内でカフェ、2回目は街歩きスタイル、3回目はアウトドアといった感じで!

お互いをよく知るためには室内でおしゃべりするだけじゃ1%未満も分かり合えないと思う。だから、さまざまなシチュエーションで連続して会うことができる状況というのがありがたい。



また、twitterやゲイアプリといったSNSも、ぼく的には出会いのツールとして適さないなと感じる。

たしかにSNSで生まれるつながりもあるとは思うけれども、そのつながりは友だちや恋人のそれと比べたらやっぱり遠く及ばない。価値観がいくら似通っていたって、一緒に時間を過ごしている人たちとの絆の方がやっぱり強いと思うから。


よく巷では「肌色画像」というものがよく出回っていて大多数のゲイたちはそれらを崇め奉るように喜んでいるけれども、ぼくはそれらに興味が薄い。その理由も自分にデミセクシャル的な傾向があるということで納得できた。信頼していない、どんな人かも知らない赤の他人の裸に対して、「エロイな」とは思うけれど、その人自身と繋がってどうこうなりたいという欲求が感じられないんだよね。

twitterはすでにつながりを持っている人と、近況を報告するためのコミュニケーションツールとして使うぐらいがちょうどいい。そのうえで、自分の投稿に興味を持ってくれた見ず知らずの人がいてリアクションをくれたらラッキーって心持ちでいたい。




さて、ここまで長々と書いてきて何が言いたいのかというと、ぼくはぼくらしいゲイライフをこれから胸を張って送っていきたいということ。

一般的なゲイよりも、恋人づくりとかセックスとか、そういうものへの興味が薄いし経験値も低いけれど、それは別にやりたいのにできないわけじゃなくて、自分でそうしたくないからしていないということを分かってくれたらうれしいなぁ~



おわり