ゲイの一年 ~四季折々~

ゲイとしての今後の人生についてゆるーく考えていきたいと思います。

気の合うゲイと仲良くなりたいし、それが無理ならノンケの友だちがほしい

今日から三連休、、のはずなんだけど、ぼくにとっては六連勤の始まり。周りの人たちが連休で楽しそうなことをしているのを羨ましく思いながら見ています。



今月は平日休みが多くて、土日休みが少なめ。だからゲイの友人と会っておしゃべりする期間が三週間ほど空いてしまう計算なのです。

杞憂が過ぎるね。けど、しょうがない。

ぼくにとって、自分がゲイとして生きていることを開けっ広げにしている状態こそが一番リラックスしていて自然なこと。だからゲイだと分かってもらっているからこそ話せることを話せない状況が続いていると、なんとなーくもやもやしてしまうのです。



ぼくは職場の人との雑談がめちゃくちゃ苦手。子ども相手、ゲイ相手だったら饒舌でペラペラと余計なこともしゃべってやらかしてしまうほどなのに、ノンケの成人男女が相手となると、途端に口ごもり、声はかすれ、言葉数が極端に少なくなってしまう。

別に彼らのことを信頼していないというわけではない。自分よりも仕事はできるし、尊敬できることが多い。そして福祉の仕事をしているから、きっとぼくがゲイであることをカミングアウトしたとしてもある程度の理解は期待できると思う。

それでも、どうしてもうまくコミュニケーションをとることができないんだよね。思春期の頃にノンケと距離を置くことで自分を守るという方法を身につけてしまったことの弊害かな?
詳しく掘り下げると心の闇が出てきちゃいそうだから控えるけど(笑)、ぼくはとにかくノンケと仲良くなることが苦手。




ただ、最近ゲイ同士でも分かり合えないことは多いんだなと思うことが増えてきた。


例えば”人付き合いの価値観”について。

この前友だちに誘われてゲイが集まる飲み会に顔を出した。飲み会自体は10人くらいいてまぁまぁ楽しかった。飲み会が終わり、遊ぶ人と帰る人で別れることになってぼくはすぐに帰ることにしたんだけど、そこで帰る方向が一緒だった2人とLINEを交換することになったんだよね。

2人とも同年代だったし、明るい感じの人たちだったから、これからも仲良く遊べたらいいなぁというのがぼくの第一印象だった。それでLINEで挨拶すると、1人は「また遊びましょ!いろいろ誘ってください!」みたいなことを言ってくれたから、ボードゲームに誘ったんだよね。だけど、2日間未読スルーされて、それからようやく既読はついたんだけど返事はなし。
もう1人のヒトに至っては、挨拶したときにぼくが送ったスタンプに既読すらつけてもらえず、あれから2週間以上経ったけどいまだに未読スルーされている。


これってゲイの間ではあるあるなことなのかな?ぼくの心が狭いからなのか分からないけど、こんな対応をされてしまうと、明らかに自分に興味を持ってもらえてないなと感じてしまうから、二度とこちらから声をかけようとは思わなくなってしまった。



ゲイアプリを使って毎週のように新規の人とリアルしている人とか、二丁目のゲイバーにどっぷり浸っている人とかからしたら、こういったLINEでのコミュニケーションって当たり前なのかもしれない。日々いろんなゲイと会っていたら、そりゃ興味のない人間を一人ないがしろに扱ったってどうってことないんだろうね。

たしかにぼくと遊んだからといって、シャイニーな週末を提供できるわけじゃないけどさ!だけど、あんまりにも失礼じゃないかな。



ぼくにとって新しいゲイとの出会いなんてなかなかあるもんじゃない。だから、1つひとつの出会いは大切にしていきたい。
それに、ゲイの世界なんて狭いじゃん?ひどい言動を繰り返していると、いつかどこかで再会したときに痛い目を見るのはやっぱり自分だ。

相性が合わなくてお別れするにしたって、後腐れのないようなお別れをしたいな。



それから人付き合いの価値観ね。

ゲイが相手だと、恋愛対象か否か、タイプかどうかで態度を変えられてしまうことが多い(ぼくも無意識にやってしまっているかも…)。恋人探しをしているときならそれでもいいんだけど、読書とか登山とかボードゲームとか、ぼくの好きな趣味の場ではそういった基準で付き合う人を選びたくはない。趣味に対するモチベーションや話題が合うかといった基準で一緒に過ごす人を探したい。


となると、別にゲイに固執する必要はないんじゃないか?という結論に至った。ぼくをゲイだと知ってくれて且つ認めてくれている人、趣味に対するモチベーションが合う人、今はそんな人と遊びたい気持ち。


12月は土日休みがあるから、ノンケの趣味サークルとかにでも顔をだしてみよっかな~?これは要検討事項だな。


つづく、かも