ゲイの一年 ~四季折々~

ゲイとしての今後の人生についてゆるーく考えていきたいと思います。

ゲイの世界はきれいじゃないの?

先週末はぼくがゲイ活を始めた当初からずっと仲良くしているゲイの友人たちと遊んだ。

土曜日は読書について語り合った後、最近めちゃくちゃハマっているGayMixGameBar秘密基地に行ってボードゲームをした。日曜日は地下謎2018に挑戦して、それから東京ドームシティでカラオケ観覧車に乗ったり、新宿二丁目にある「EAGLE TOKYO BLUE」というショットバーに行ったりした。


彼らとは定期的に会うから、それぞれ昔の価値観から少しずつ変化しているんだなぁと感じることができたり、今まで聞かせてくれなかった本音をポロッと聞けたりしてうれしいなぁと思ったりしていた。
なんだかんだあったけれど、振り返ってみたら1年と少し。ゲイ活を始めてから、ぼく自身もゲイとして価値観を大きく進展させることができたし、それは以前の自分だったら考えられないほどの成長振りだと思う。




そんなぼくが今直面している疑問というのは、「ゲイの世界はきれいじゃないの?」ということ。


たまたま土日共通で挙がった話題なんだけど、”ゲイの世界でいつまでも清らかな関係を追い求めている人”はゲイの間ではどうやら少数派の意見らしい。

たしかに、ゲイの間ではセックスによる妊娠というリスクがないから(性病というリスクはあるにせよ)、恋人がいても他の人とセックスをするというオープンリレーションシップの考え方が広まっていたり、一夜限りの関係というのも多いのかもしれない。周りの体験談を聞いてみても、ハッテン場によく足を運んでいるという人はさすがに少ないけれど、アプリでリアルした人とセックスしたみたいなのは普通に聞く。

そういったセックス慣れしているゲイから言わせてみると、”ゲイの世界で清らかな関係を作ることなんかできない”という考えは当たり前こととして感じられるのだろうけれど、ぼくはそれでもきれいな世界を夢見ていたい。




そもそも”清らかな関係”ってなに?って笑われそうだけど、ぼくはいまだに物語のような純愛がゲイ同士でもできると信じているし、それは現実で叶えられる手の届く願いだと思っている。



ぼくが思う「清らかな関係」というのは別にプラトニックな関係性というわけではなくて、長い間ずっとパートナーとして信頼し合える関係だと思ってる。
そしてその条件というのは、まずお互いが好き同士(両想い)であること。そして、将来目指すべき方向性が一致していて、そこに向かって助け合って生きていけるということの2つ。


1つ目の「好き」というのは何も性的に興奮できるということだけではないと思う。その「好き」の感覚が合わない人だとツラい。性的なことがなかったらもう「好きじゃない」という風に捉えてしまう人だと、いくら一緒にいて楽しくても好き同士じゃないということになってしまうから。

いろいろ考えてみても、ぼくはやっぱりセックスとかどーでもいいというタイプのゲイなんだと気づいた。だから、セックスがなくてそれでもぼくのことを「(1人の人間として)好き」「一緒にいて楽しい」と思ってくれる人だったら、恋人じゃなくてただの友だちでもそれはずっとずっと大切にしていきたい存在であり続けるんだよね。


そして2つ目の将来目指すべき方向が一致しているということについては、ゲイとしてのライフプランに関わってくる。ゲイだと家族を持つという選択肢を選ぶ人があまりいないから、将来は早死にしてもいいやとか、貯金はなくてもいいやという考えの人も少なくない。それ自体は別に肯定も否定もしないんだけど、ぼく個人の考えとしては、将来設計をきちんとできるパートナーといろいろなライフイベントを楽しみながら乗り越えていきたいんだよね。だから、その価値観が合う人と一緒になりたい。

具体的には、しっかりと貯金をして老後も定期的に旅行とかをして遊びたいし~、そのために日頃からバランスのとれた食事を一緒に摂って健康状態を維持したいし~、とかいろいろある。
考えだしたらキリがないんだけど、そういった細かいことは1つの目指すべき将来像があればいくらでも融通は効くと思う。そんな将来像をシェアできるパートナーとカップルになることができたらそれは理想だなと感じる。

逆に、将来設計もままならないような人といくら付き合ったって、その関係の行き着く先は光が見えない。



さて、ここまで長々と書いてみたけれど、何をきれいで何を汚いと思うかは人それぞれだし、もしぼくの考えとまったく異なる意見を持っている人がいたとしても別にそれはそれでいいと思う。ただ、ぼくが何を求めているのかを知ってほしいし、興味を持ってくれる人がいてくれたらうれしい。

恋人でも、友だちでも、1人でも、複数でもね。。。


おわり