ゲイの一年 ~四季折々~

ゲイとしての今後の人生についてゆるーく考えていきたいと思います。

恋人探しのスタンス

現時点での「恋人を探すときのスタンス」を言語化してみる。



ぼくは大人になってから、恋愛スイッチの感度が悪くなる一方だ。思春期の頃は、目に入ったタイプの男性に対していちいち好きになっていたし、エロい妄想のネタにしていたけれど、今はタイプの人と会っても特に何も感じなくなってしまった。


例えば、相手がノンケだと知ると、もうその時点で「脈なし」だと判断して、それ以降は一切そういう目で見ることができない。これは無意識に自分の中の気持ちを押し殺し続けた結果だと思うから、好ましくないとは感じている。だけど、自分の気持ちを落ち着けるためにそういった判断基準を装備してしまったことはしょうがないことだとも思う。


ただ、タイプの男性がたとえゲイだったとしても、ぼくはすぐに諦める癖がついてしまっているからどうしようもない。自分に気があるかないかを瞬時に判断して、この人は自分に気がないなと思ったら、もうその時点で「脈なし」。自分に気を持たせるために努力するべきだとも思うんだけど、自分からぐいぐいアタックするほどの気概とやる気もないから、気持ちは尻すぼみで最後はジュッと燃え尽きて消えてしまう。



すぐに恋愛を諦めてしまうのって、性欲がないからなのかな?
それともぼくには何かが欠如しているからなのか?
それとも逆に、すでに満たされているからか?


恋愛に関して”諦める力”が、年を重ねるごとに育まれているということに少し寂しさを感じざるを得ないけれど、自分が本当に大切な人やモノを見抜く力が備わったという点ではむしろ祝福すべきことなのかもしれない。
もしこれから好きな人ができたとしたら、それは長い間ずっと好きでいられる人だと思うから。



ぼくはこれから恋人を見つけるために、自分に合った方法を模索していく必要があるし、そのために試行錯誤していくつもりでいる。


まず、恋愛対象になりうるセクシャリティの人たちが複数いる場所に積極的に顔を出していくこと。それは属しているサークル、またサークルから派生したイベントかもしれないし、もしくはちょくちょく通っているゲイバーかもしれない。またはSNSといった新たな何かのつながりによるものかもしれない。

それらの場には一人で行くこともあるだろうし、友人・知人の同行や紹介があったらなお心強い。


そして、ここからが大切なんだけど、恋人を探すというギラギラした目つきをしている人とお互いの利害関係が一致したから付き合うという形ではなく、趣味や価値観を共有できる人たちが集まっているところ(恋人探しが目的の場所ではないところ)で知り合い、胸キュンする恋愛感情を抱いたところから始まる関係にしたい。


「この人と付き合ったら自分の評価が上がりそう」とか「お金持ってそう」とか、何か別な目的によるものではなく、ただ「好き」という恋愛感情によるつながり。



いつかどこかで「今年中に恋人がほしい」という目標を定めたけれど、期間を定めることに意味はないと思ったから、その目標は取りやめることにした。

だって、これから末永く同じ時間を共有できる大切な人といつか巡り合うことができさえすれば、別にいつだっていいじゃん?むしろ、時間をかけてたくさんの人に出会って、そこから悩みに悩んで決めるべきだと思った。


今はそのために少しずつ行動に移していくだけ。