ゲイの一年 ~四季折々~

ゲイとしての今後の人生についてゆるーく考えていきたいと思います。

自分に自信を持つ

ここのところ仕事が楽しい。ぼくが働く学童クラブでは、夏休み期間は朝から晩まで子どもを預かっているから、本当に親代わりをしているような感覚になる。


子どもと一緒に過ごしていると、めんどうくさいこともあるけど楽しいことの方が多い。それはなぜかというと、子どもたちは与えた分の愛情をそのままストレートに返してくれるからだと思う。


オブラートに包んでいない、子どもの率直な愛情表現。

例えば、ぼくの名前をモジって、明らかにツッコミ待ちをしている子ども。関心を持ってほしいと思ってくれていることがうれしくて、ぼくもついついノリよく「なんやねん、それ」的なリアクションを返してしまう。
あと、子ガモのようにずっとくっついてきて「一緒に遊ぼう」とせがんでくる子どももいる。これはかわいいんだけど、その子の対応にかかりっきりになってしまうから困る。あと、もう少し年を重ねたら、きっと同じようにぼくを求めてくれないんだろうなぁと感じるから少し切ない(笑)。



子どもの言動はオブラートに包まない率直な意見のため、ときにグサッと心に刺さってツラいこともある。ぼくは身体的コンプレックスがいろいろあるんだけど、それに触れられると内心かなり傷つく。

ぼくはよく「ゆうじさんってイケメンでしょ?」と子どもに尋ねることがある。それはもちろん本気ではなく冗談としてなんだけど、それに対して、「でも、顔に赤いぶつぶつがあるじゃん」と返されたときには、かなり心が抉られてしまった。ぼくの顔の吹き出物の話題は、自分から口に出すのはいいけど、他人に指摘されるのは長年NGだった。

あと、毛深いというのもコンプレックス。子どもから「毛深い」と言われたり、自分からくっついてきたくせに、毛についた汗が子どもの肌に触れた途端、目の前で汚そうに拭われたりするのには傷つく。



だけど、そんな諸々の子どもたちの言動も今では全然許せるようになった。なぜかというと、子どもたちはそういった言動と同じくらい、いやそれ以上に一貫してぼくへの尊敬や愛情の意をいつも示してくれているから。

嫌なことをいくら言われても、それ以上にいつもたくさんのポジティブな言葉を聞かせてくれているから、子どもたちが大好き。いつも本当にかわいいよ。



表題の件について、ぼくの身体的コンプレックスを内心では少し違和感に感じつつも、それを踏まえたうえでいつも親しみを持って接してくれる子どもたち・あとゲイ友たちには感謝している。彼らのおかげで自分に自信を持つことができているし、これからもっと自信満々な振る舞いができるようになっていくと感じている。

今日も膝丸出しの短パンで仕事行ってきます。すね毛生えてるけど気にしないよ(笑)。

これからは自分の中のNG項目を少しずつ明るみに出していって、いつかはNG項目が少なくてひっぱりだこの出川哲朗のような男を目指したいです。