ゲイの一年 ~四季折々~

ゲイとしての今後の人生についてゆるーく考えていきたいと思います。

20代ゲイが"家族"について考えるところ

梅雨前線が鬱陶しい6月。
もうすぐ夏休みで、少しわくわくした気分の6月。

ぼくにとって6月は、親子・家族について考える機会が多い季節だと感じる。


まず、職場での1年生保護者を対象とした保護者面談。4月に入会した子どもたちの生活や人間関係が落ち着いてきたこの時期に、子どもの様子を保護者と職員2人体制で話す。
20代ゲイのぼくにとって、仕事という立場がなければ子どもの保護者と話をするきっかけなんてほとんどない。もしノンケの友だちがいて、その人が子育てをしているといった状況なら子育てについて話すこともあると思うけれど、残念ながらぼくにはそのようなノンケの友人はいない。だから、仕事とはいえ、このように”親子”の様子を間近に感じられる状況が続くといろいろと思うことがある。

いろいろな子どもの保護者(主に母親)と話をさせてもらって思うのは、母親にもさまざまなタイプがいるということ。連絡帳にこまめに手書きで子どもの様子を記している心配性な親もいれば、お弁当がいつもオリジン弁当という子どもを放任気味な親もいる。

だけど、これだけは確実に共通しているというのは、みんな「子どもの健やかな成長を期待している」ということ。だって、そうでしょ?
いくら学童クラブに子どもを預けて仕事をしているとはいえ、子どもを家に連れて帰ってからは毎晩のように子どもにご飯を作り、宿題を手伝い、お風呂に入れて、寝かしつけている。自分の時間を差し置いて。
そんな何気ない日常だけど一人の人間の生活を常に担う責務をまっとうしていることなんて、「子どもの成長」を期待してなきゃできるわけがない。だって、めちゃくちゃ大変だもん。

世の親たちは本当にすごいね。だけど、みんな全員が最初から完璧な親ではないんだろうなぁとも思う。子育てをしながらも、病院や学校、児童館といったいろいろなサポートを得て、親も少しずつ成長しているんだろうなと感じる。



ゲイには、”子育てを通じて成長する”という、人間としての成長の機会が1つ損なわれている。

もちろんその分、自分の時間を多く持ち続けているからこそできる知識の蓄積やスキル・キャリアアップもあると思うけれど、やっぱりそれとこれとは本質的に違う。どちらがいいというわけではないけれど、ノンケの子育て世代と、ゲイのアラサー・アラフォー世代の人間の考え方は根本的になにか違う気がする。


こんなことがあった。

ゲイとしゃべっていると、よく「ノンケは肌の手入れをきちんとしていないから、年を重ねたときにやっぱりゲイの方が若くてかっこいいよね!」という話題になることが多い。たしかにゲイは年を取っても若々しいことが多い。だけど、その論調でノンケをバカにするのは違うと思う。

ゲイが若々しいのは、スキンケアに時間とお金をかけているから。そして、誰か一人のパートナーを見つけるよりは、常に新しい恋愛やセックスへの出会いを求めていることが多く、見かけに気を遣っているから。
ノンケで年を取って見える人は、スキンケアや恋愛にかける時間やお金を、自分のためにではなく他の人のために使っていることが多いんじゃないかな?だからそれは、ノンケの努力不足ではなく、大切にしているものが違うだけってことだと思う。

今日は地域のプールでスイミングをしたんだけど、正直言って若いお父さんたちは見た目にそんな気を遣っていない感じだった。ただ、小さい子どもと触れ合いながら泳ぐ練習をしている様子や、悪戦苦闘しながら着替えさせている様子からは、やっぱり子育てならではの醍醐味のようなものを感じたよ。



話は代わって、最近『万引き家族』という映画を見た。昨晩はゲイ友たちとその映画について感想を話し合ったんだけど、家族の形について意見が分かれた。

万引き家族』たちは、拾ってきた子どもたちや、素性のよく分からないおじさん、おばさん、おばあちゃんたちで構成している6人家族なんだけど、あるゲイにとっては「こういった家族の形がめっちゃ良い!」とのことだった。血のつながりもないけれど、深い絆があるからそれで十分だという言い分だ。たしかに、ネグレクトされていた子どもにとっては、元の親に育てられるよりは、万引き家族たちと一緒に過ごしている方が健やかに成長できるかもしれない。

ただ、ぼくは『万引き家族』のような家族には大反対。だって、法的にも社会的にも認められていない家族なんだよ?ほんのひと時はみんなが幸せを感じられるときもあると思うけれど、いつかは必ず破綻するときがくる関係じゃん。ネタバレになっちゃうんだけど、結局は万引きしていたことがばれてあっという間に関係解消するし、そこで助けることができなかったという事実が「裏切られた」という感情になって子どもに残るわけだし。


まぁ、映画の感想はさまざまだと思うけれど(笑)、ゲイの友だちと”家族”という話題で盛り上がることができたのはうれしかった。

あるゲイは、養育里親になって子どもを育てることも少し視野に入れているらしい。その人は結構遊んでいるタイプのゲイだったから、まさかそんなことを考えていたんだと驚かされた。


ちなみに、知らない人のために説明すると、今年の10月から同性カップルでも養育里親になれるという。

東京都が里親の認定基準を緩和、同性カップルも養育里親として認められることになりました | ゲイのための総合情報サイト g-lad xx(グラァド)



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長々と書いてきたまとめに移ると、ぼくの意見としては、ゲイでも子育てに関与することができる機会が増えていく世の中になっていったら良いなぁと思う。ただ、それは直接的に子どもを育てるという行為に限らず、寄付だったり、地域へのボランティアだったり、形態はなんでも構わない。

ゲイだからといって子育てと無関係ではないし、社会貢献をしなくていいという理由にはならない。ゲイだからこそできる社会貢献もあるんじゃないかな?多くのゲイがそういった社会貢献的な行為を積み重ねることで、社会全体がゲイに対してより良いイメージにもつながるし、ひいてはゲイがもっと住みやすい世の中になるとぼくは思う。