ゲイの一年 ~四季折々~

ゲイとしての今後の人生についてゆるーく考えていきたいと思います。

個人的エロ観を世に知らしめる

世間はゴールデンウイークですね。まぁ、そんなことはぼくにとってどうでもよくて、今日も通常運転でいきます。前々から書こうと思っていたぼくの「エロ感情」について、さっさとカミングアウトすることにします!


つい最近、ようやくゲイブログLINEグループに入った。これからはぼくのブログを読んでくれた人と会う機会が少しずつ増えてくるのかなと想像すると、ドキドキワクワクって感じ♪「もしかしたらステキな出会いが!?」と期待していないと言ったらそれはウソになるよね。

だけど、ぼくは恋愛に対してかなりこじらせちゃっていて、十分な経験や知識がないままにこの年齢まできてしまったため、「恋愛って何?」という基礎問題もままならない状態だということを改めて周知したい。ここらへんで一度、自分の恋愛観・エロ観について文章化して考えをまとめておくことにする。


まぁ、くだらない内容です。



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まずお伝えしたい、ぼくのエロ遍歴について

下半身の機能的には20代成人男性の平均並みだと思われる。溜まってきたら、そろそろ排出したいなぁという欲が出てきて自分でヤるんだけども、寒いときや疲れが溜まる時期にはそういった欲が湧かず、そろそろヤッておかないと勃起不全になるからヤバい、という動機のときもある。
頻度は週に2回くらいかな。一度では全部出しきれないから連続で2発(笑)。


機能的にはそんな感じだけど、その性欲の対象についてはかなりこじらせちゃっている。
性欲が現実のリアルな男相手に向けられるということは、中学生くらいのときからなくなっていて、今はもっぱらエロ動画。


中学生のときまではまだ現実世界で目に入った好みの男に対して、「その人とヤりたい」というリアルな妄想が頭の中で繰り広げられていた。性欲に収拾がつかない時期でしたね。
中学生のときには初めてエロ体験をする。それは塾で授業を受けていたときのこと。違う学校の男の子と、塾講師の目をかいくぐりながら触り合いをした。さすがにフィニッシュまではいかなかったけれど、かなり大胆なことまではしていたように思う。今思い返してみると実は夢だったんじゃないかと思えるほど、当時の自分としては積極的な行動をしていた。若さゆえの無知と性欲の強さがなせた偉業ですね(笑)。


高校生になったあたりから、一般社会は男同士ですぐにエッチするBL(ボーイズラブ)の世界ではないんだなぁと遅ればせながら気づいた。もちろん「クラスの〇〇はホモだよ」みたいな噂もちょくちょく聞いたことはあるし、男子校だったからノンケの男同士のディープな絡みも見ていた。ただ、自分のルックスに対する自己評価が最下層(下の下)だったし、性格もかなり暗い時期だったから、クラスの〇〇くんとエロい展開になれるとは露ほども思っていなかった。加えて、クラスの男の子が会話の中で好きな女の子について話しているのを聞くたびに、この世界にぼくの恋人になる相手はいないのではないかなと失望していた。

高校生のときは、英語や中国語をめちゃくちゃ勉強していた時期でもあった。留学した方がエロいことができてウハウハなんじゃないかと妄信してたんだよね。さすがに数年経って、海外に行ったからといって「モテない」という事実に変わりはないということには気づいたけどね(笑)。



そんなこんなで現実の男から目を背けていたんだけど、性欲はあるからエロ動画とかエロ画像で適当に自己処理していた。



大学生になってからは、性欲によらない恋愛感情を抱くようになる。

大学生になったあるとき、偶然参加したボランティアで10歳年上の男性と深く関わるようになる。それまでぼくが関わったことのある大人は、家族や親せき、学校の教師、バイト先の社員くらいしかなかった。どれも恋愛的な目で見られる人たちではなかったし、完全に「指導する立場―される立場」という構図による関係だった。
だけど、その10歳年上の男性はこれまで会った大人とは違い、ぼくの言動を尊重してくれた。また、その人はかなりのおっちょこちょいで、年上ながらも助けてあげたいという気持ちをそそってきた。


このとき、この年上男性に対して初めて「(恋愛的に)好き」という感情を抱いたのだと思う。ツラいときや人恋しいとき、夜眠る前とかによく、その人の顔やその人と話した内容や場面などが頭に浮かんできた。

恋をしているときはかなり楽しかったんだけど、その人はノンケで、女性と結婚したことからぼくの恋は終焉を迎える。結婚を聞いたときは、めちゃくちゃショックだったなぁ。

だけど、その人にはめちゃくちゃハグをせがんでいた。このときからぼくのハグ好きという性癖(?)が開花したんだと思う。



そして時が経ち、社会人になるとゲイの友だちができ始めた。ぼくの人生の中で、「自分がゲイだ」ということを大っぴらにして関われる人と出会えたことはとても大きな意味を持つ。だから、気持ち的にも浮かれていたし、新しい感情が芽生え始めた時期でもあった。


ゲイ友と過ごす時間はとても楽しく、ゲイ友たちのことが好きだし感謝している。ただ、そういったゲイ友との関係性について考えると、「恋愛的に好き」なのか「友だちとして好き」なのか、自分がどっちの感情を持っているのかが分からなくなるときがある。

ここで、高校生のときのこじらせ体験が尾を引いて、ぼくの「好き」に対する考えに影を落とす。高校生のときから安定した友人関係を築くことから遠ざかっていたし、現実世界の男相手に性欲を感じることがなくなっていた。だから、どうやって気持ちを伝えればよいのか、どのような行動に移せばよいのかの実体験が少なく、お粗末な考え方しか生み出せない。


そういった背景があったことから、「好き」という言葉をむやみに連発したり、ハグをはじめとするボディタッチをするといった幼稚な言動になって表れたんだろうと自己分析している。

ぼくは今いるゲイ友たちとは、恋愛的な感情の揺れ動きなしに、このままの関係性でこれからも楽しく遊んでいきたいと願う気持ちが強い。だから、「好き」だのなんだの、軽々しく幼稚な言動をしていてはいけないんだと今は感じている。



そして、現時点でのエロに対する考え
ぼくは今、セックスに対してかなり臆病になっている。


理由は2つあり、1つは絶対的な経験不足から。未体験なことへはじめの一歩を踏み出すのが怖くなっている。これが中学生のときの性欲全開のときだったら、話は違ってくるかと思うけど、今はそんなに性欲が強い状態ではない。この年齢になって、まだ未体験ということを相手がどう思っているのかも不安になるし、この傾向はこれからどんどん強まっていくのかもしれない。


もう1つは、ゲイセックスに対する偏見。ぼくは実は献血オタクで、今までに30回以上献血を繰り返している。献血をすることで間接的に人の命を助けることができるし、簡単に社会貢献している感覚を味わうことができるのでこれまで足繫く通ってきた。ただ、献血をできる人の条件として、「6ヶ月以内に同性間で性交渉を行っていない」という項目をクリアしなければならないということが足かせになっていたりする。
ぼくは献血の有意味さを感じているし、これからも献血を続けたい。ただ、ゲイとしてセックスをしただけで、もう献血はできないというのはなんかイヤだし、この条件からは「ゲイセックスには性病の確率が高い」という潜在的メッセージを感じる。そんなこんなでセックスへの意欲がそがれているのかもしれない。



ただ、これからぼくは彼氏をゲットして恋愛をしたい

恋愛の胸キュン体験はぼくも経験したことがあるから、恋人との親密な関係というのは幸福感を感じられる体験なんだということは分かる。いくら人恋しさがないとはいえ、「恋愛的に好き」という感情は何事にも代えられないものだと思う。


そして、もしその恋愛の自然な流れの中でセックスをするという話が出てきたら、それは受け入れたい。


ただ、もしセックスをするんだったら、ぼくには心と体のいろいろな準備が必要なんだよなぁ。とにかく経験不足だから、めっちゃどストライクな男に迫られても今のぼくだったら少しヒいてしまうと思う。だから、まずは軽ーいプレイから徐々に慣らしていきたい。



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長々と何を書いているんだか……(笑)。
今回は結構さらけ出しました。