ゲイの一年 ~四季折々~

ゲイとしての今後の人生についてゆるーく考えていきたいと思います。

ゲイだと明かさない理由①

ぼくがゲイだと明かさない理由の1つに、社会はまだまだゲイに対して偏見を持っており、それゆえ不当な扱いを受けてしまうということが挙げられます。

そしてそう考えるのに、この事件の存在が自分にとって重要なのでご紹介します。

www.dailyshincho.jp


ぼくは学生時代からずっと、子ども向けのキャンプ活動をボランティアで指導しているのですが、この事件によりキャンプ活動での男性スタッフへの評価が下がってしまったように思います。
そして、子どもと接する上でゲイであることを知られてしまうと、あらぬ疑いをかけられるのはと怯えるようになりました。


事件の概要としては、宿泊キャンプの男性スタッフが宿舎で寝ている男児にわいせつ行為をしたり、盗撮したりして逮捕されたというものです。

一部引用

自分はNPO活動をやっているので、そこでなら、いくらでも男の子を触ったりできるよ。(中略)そこで分かったのは、子供の周りに何食わぬ顔をして「小児性愛者」が潜り込んでいた事実だ。その「輪」の中には教師(元教師も含む)のグループもいた。

 
このようなことは本当にあってはならないことです。
犯人の「いくらでも男の子を触れるよ」という発言には憤りを感じます。

この事件によって、小児性愛ではない一般のゲイにも、広く風評被害差別意識が強まってしまったように感じました。


ぼくは子どもに対して性欲を抱くことは一切ないです。

もちろん子どもたちをかわいい、愛おしいという気持ちがあってこそ、子どもと関わるボランティアや仕事をしてきました。自分に将来子どもができないかもしれない…という不安があるからこそ、子どもを大切に思う気持ちも強いのかなと自分では思います。

世のゲイの多くはぼくと同じような考え方を持っているのではないでしょうか?


「愛」と「性欲」はまったくの別物です。
だけど、それをどうしても一緒くたにしようとする人は世間にはたくさんいます。


同性愛者の中に存在する小児性愛者の存在は、異性愛者の中に存在する小児性愛者と同じくらいの比率、リスクだと思っています。なので、ゲイばかりが子どもをいやらしい目で見ていると思われるのは心外です。


世の中がもっとゲイのことを知ってくれれば、みんな生きやすくなるのにと思います。
子どもの前、保護者の前で「ゲイ」だと公表するのが当たり前になる時代は来るのでしょうかね……。