ゲイの一年 ~四季折々~

ゲイとしての今後の人生についてゆるーく考えていきたいと思います。

なんかブログ更新したくなった

なんか更新してみたくなった!
ただ、こぎれいにまとめた読みやすい文章を提供したいという気持ちはさらさらなく、書きたいことをつらつらと思うがままに書き連ねていこうと思うのであしからずお願いします!




まず、仕事の話から。


はじめに言うと、ぼくは今の仕事にもう愛想を尽かしてしまっている。というと身も蓋もない感じがするけれども、もう辞めたくて辞めたくてたまらないからしょうがない。
来年の3月いっぱいで確実に退職しようと心の中で決めていて、その前提でその後のライフプランを空想するのがここ最近のもっぱらの愉しみ。

なんで来年の3月かというと、子どもと関わる仕事において年度・学年が変わる3月に辞めることで、子どもたちに及ぼす影響を最小限にしたいから。年度の途中で担当職員が代わるとなると、すでに関係性を築いてきた子どもや保護者に余計な心理的負担をかけてしまう恐れがある。さすがに仕事が嫌いだとはいっても、今まで関わってきた子ども(と保護者)との関係はぼくにとって大切なものだから、そこはないがしろにしたくないという気持ちなんだよね。


子どもたちはかわいい。保護者のみなさんもいつも笑顔で優しくしてくれるし、感謝の言葉をかけてくれるから良い。

じゃあ何が一番イヤなのかって考えると、同僚との関係に落ちつく。




ぼくは今、約30人の学童クラブを常勤職員2人で担当するポジションのうちの1人としてやっているんだけど、その相方となる先輩女性が大嫌い過ぎるんだよね。もう喋ってる声を聞くだけでもイヤ。

ただ、最初から嫌いだったわけじゃなくて、はじめのうちは別になんとも思ってなかったんだよね。ただ、2人で担当するようになってからなんていうか価値観の違いが如実に現れてきて、それがもうどうしようもなく深い溝になってしまった。



学童の仕事って就労等の理由で放課後のお家に保護者がいない子どもを預かる仕事ということに加えて、子どもが健全に成長するように支援する役割も持っている。それは例えば、自分の身の回りのことは自分でできるようにすることだったり、他者とのコミュニケーションが上手にとれるようになることだったり、すべてがマニュアル化できる仕事というわけではなく、職員一人ひとりの価値観や考え方で子どもにどのような声かけ・アプローチをするかが異なるのね。その価値観の違いが深い溝への第一歩。


ぼくは子ども同士のいざこざがあったときも、ある程度は見守ってから介入するタイプなんだけど、彼女は問題が起こりそうになったらすぐに口を出すタイプ。
ぼくは子どもが困っているときやお願いごとをしたときはひょいひょい引き受けるタイプなんだけど、彼女は子どもには自分でできることは自分でやるように指導するタイプ。

どちらが良い悪いということはもちろんないんだけど、ことごとく価値観が合わない。


それだけならまだ話し合いによって意見をすり合わせることもできるんだろうけど、その話し合いもなんかうまくいかないんだよね。
例えば、子どもへのアプローチの仕方について話し合うとき、彼女はいつも「私の気持ち的に納得がいかないんですよね」「なんかモヤモヤが残るんです」といった感情論で物事を語る。対してぼくは、科学的根拠(というと大袈裟だけど心理学の観点など)や合理性といった点で子どもへの対応を考えたい人間。

これを「女と男の脳みその違い」って一言で片づけちゃだめなんだろうけど、本当は人間同士じゃなくて別の生物なんじゃないかかっていうくらい話がかみ合わない。彼女と話すと話の論点がいつもずれて時間だけを消耗されてしまう感覚を覚えるようになってから、彼女と話すこと自体に強い拒絶感を感じるようになってしまった。


そんなこんなで相方になって約3ヶ月のうちに、価値観はまったく合わないけれど経済的な理由だけでしかたなく婚姻関係を継続している幼子を抱えた妻とその旦那のようなギリギリの関係性になってしまった(このたとえ、伝わってる??笑)。


まぁ、表面的にはただ仕事のパートナーとして接することはできるから、仕事上の支障は生じていないんだけど、やっぱりそういう相方と長時間仕事をしなければならないというのは苦痛ですな。
まだ改善の余地がないことはないんだろうけど、そのこと以外の理由でも退職はしようと思っているから、もう諦めの境地に入ってしまっている。ただやっぱり、あと約8か月は今の職場で働くつもりでいるから、やっぱり日々もう少しは楽しく仕事したいなと思うんだけど、どうにかならんかなぁ~~、という話。





心の内を文章化すると整理整頓されて多少はすっきりしますね。
仕事に関してはそんな感じでやっています。





さて、ここまでで想像以上にだいぶ長いこと書いてしまったので、あとのトピックを丁寧に書くのがめんどくさくなってきました(笑)。

あとはトピック箇条書き+一言書くので、さらに詳しく知りたい人は会ったときに質問してやってください。



・初めてゲイ向けオイルマッサージの施術を受けた。
 → 9000円でハンドリフレッシュも受けられて大満足。担当してくれた大学生の男の子はゴリゴリの体育会系ではじめのうちは少し壁を感じてしまったけど、話してみたらとてもかわいくてもっと話してみたかった。今の自分なら体育会系の人とも臆せずコミュニケーション取れるかもって感じた。


宅建の勉強を始めた。
 → 独学でコツコツと勉強することにした。あと3ヶ月後に一発合格できるように頑張る。受験仲間募集中。


・夏休みの予定がほとんどない。
 → モンゴルの草原を乗馬しながら過ごしたいという夢を叶えたい。けど今からじゃ大人の事情で無理なので、それと類似する国内旅行先をご存知の方は教えてください&よかったらご一緒しませんか?


YouTubeでおっさんがビールを飲む動画を見るのが大好き過ぎる。
 → 誰か共感してくれる人いないかな。



おわり

最近の諸々

こんばんは。

久しぶりにブログを更新して近況報告をしたいなとは思うのですが、時間をたくさん使いたくはないので、15分程度で書ける範囲でまとめたいなと思います。




その1 令和になった


時代はもう平成ではなく、令和なんですよね。日常生活でほとんど「令和」というワードを使っていないからついつい忘れてしまいます。


平成生まれということにちょっとした若さへの優越感のようなものを抱いていたのですが、もうそんな若者アピールできる年齢ではなくなっちゃいました。

新しい時代は大好きな友人たちとキャンプをしながら一緒に迎えました。さらに天皇即位の日はちょうどぼくの誕生日だったのですが、事前に恥じらいもなく「5月1日はぼくの誕生日だからね」と言っていた甲斐もあり(?)、サプライズでケーキを用意してもらって美味しくいただきました。


本当にうれしかった。改めて。


これまでの人生で、ぼくは家族以外の人に自分の誕生日を祝ってほしいアピールをしたことがありませんでした。それは自分なんかのために貴重な時間やお金を費やさせてしまうことが申し訳ないという思いからで、遠慮や謙遜の気持ちが強くてうれしいどころかむしろ「誕生日であることを知られたくなかった」から、いかに誕生日を隠そうか必死だった。

ただ、今身の周りにいる友人たちには、誕生日だから祝ってほしいなと素直に甘えられる。それはなんでかなって考えたら、ぼくが彼らの誕生日を心からお祝いしたいなと思っているからだと思う。


最初は「登山」という共通の趣味で集まっただけで、年齢も職種もバラバラのメンバーだったけど、登山を通じてツラいことも楽しいことも一緒に乗り越えてきて、今ではかけがえのない存在になっている。

「登山」はおじいちゃんになっても楽しめる生涯スポーツだから、これからもぼくは登山をずっと続ける。そして登山の思い出は登山サークルのメンバーとこれからもずっと共有していきたいというのがぼくの願い。


仲間と出会って、人間はみんな平等に年を重ねていくことを改めて意識した。ぼくは自分が年を重ねることをこれからは恐れない。これからもみんなと一緒にライフステージという山を登っていって、たくさんの経験をしていきたいな。
(あっ、もちろん登山以外の趣味でつながっている方ともね!)




その2 家事をしたりお金のことを考えたりするのにハマっている


前述したキャンプの前後で、母親が入院することになってしまって、現在は男三人暮らし(父、兄、ぼく)をしています。

それで、一応家事を分担でやることになったんだけど、家事って大変だね。というか、それまでほとんど母に任せっきりだったというのがヤバいね(笑)。
まぁ、父が仕事をずっと休んで家のことをできる環境にあるから全然平和な毎日なんだけど、家事労働の種類の多さと体力の消費量はかなり身近に感じたここ最近。


家事に併せて、家の経済状況についても親が元気なうちに把握しておこうと思って、いろいろ根掘り葉掘り父に聞いています。例えば、預金はいくらなのか?とか、ローンの返済状況は?とか、加入している保険の種類や金額は?とかとか。


こういうお金の話って親子間ではタブーになりがちなのかもしれないけど、我が家に関しては割とオープンに情報をシェアしてもらっています。そういう家ってめずらしいのかな??


家計の話をしていて思うのは、我が家のお金の管理は無駄が多くてもったいないんじゃないかということ。というか父がテキトー過ぎるから、契約内容とかほぼ見ずに言われるがままじゃんじゃんお金を払っているんだよね。
まぁ、人が良いから日頃のお付き合いとかを大切にしていることが功を奏して(?)、悪意によって騙されているとかはないと思うんだけど、払わなくてもいいサービスにお金をたくさん使っている感は否めない。


ぼくはかなり強めの合理主義者だから、自分がいかに損をしないよう無駄金を減らしていくかという視点で見ちゃう。だけど、そんな守銭奴的な人間の周りには人が寄ってこなくなっちゃうでしょ?


てな感じで、お金について考え始めると人間関係とか人生設計とかいろんなことを考えるようになった。それは意外とドキドキワクワクな感じで楽しかったりするから、もしよければみなさんもお金のことを思う存分考えてみてください!!笑



最近読んだおすすめの本↓

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その3 エッチしてみた


これはちょっと自分でもまさかと思っていて意外だったんだけど、そろそろ一度くらいは試してみてもいいかなと思って挑戦してみました。

一連の流れについて、自分が体験したことの詳細を丁寧に伝えてその感想を聞いてみたいという気持ちがめちゃくちゃあるんだけど、さすがに不特定多数に対して語るのは気が引けるので、まずは身近な人にちょっと相談したりしたいなと思います。


一言だけこの件について話すとするなら、ぼくはエッチが好きじゃないということかな、うん、たぶん。




―――

はい、ということで結局1時間も費やしてしまいました。
日曜の夜は仕事が憂鬱になりますね~。
また1週間がんばろ!

濃密な24時間 ~平成最後の天城越え~

※注)今回の記事は内輪ネタです。予めご了承ください。




新年度最初で平成最後の登山は春の天城山を縦走することとなった。有名な演歌で歌われている、いわゆる「天城越え」である。

実際のところは、”天城山″という名前の山は存在していない。”天城山”とは伊豆半島中央部を東西に延びる連山の総称のことで、今回我々が登ったルートは伊豆中心付近にある旧天城トンネルから伊豆半島東側にある天城高原ゴルフ場を目指すというものだった。



我々登山サークルには土曜日出勤のメンバーが多いため、

  土曜夜20時集合
   ↓ 
  メンバーのKちゃん宅に前泊
   ↓
  日曜朝4時起床
   ↓
  朝8時登山スタート

というなかなかのハードスケジュールで登山計画は催行された。土曜勤務からダッシュで帰宅し集合場所に向かうと、元気なメンバーの笑顔に出迎えられてうれしかった。

その日は夜マックで簡単に夕食を済ませ、Kちゃん宅で早めの就寝をとった。



翌朝4時。

慣れない状況と登山への興奮からなかなか寝付けなかった我々であったが、眠い目をこすり、Kちゃんの運転する車で一路、ゴール地点の天城高原ゴルフ場を目指した。

なぜ先にゴール地点を目指したのかというと、今回のコースは一方通行の縦走ルートのため、先にゴール地点に車を置いていき、タクシーで天城山を迂回しながらスタート地点に向かう必要があったのである。



天城高原ゴルフ場にタクシーを呼んだ我々は、そこで今回の登山を運命づける出会いを果たす。それはタクシー運転手 ”Iさん” だ。

彼は当初、客にルート案内を任せるという行為に及んだことから、一時我々の心証を悪くするということがあった。しかし、それから彼は期せずして我々に有益な情報を残していく。それは「伊豆にはDHCの温泉がある」ということだ。

その後タクシーは登山口に到着し、運転手のIさんは我々にコッペパン・ほうじ茶・缶コーヒーを提供して(それらはその後、非常に役立つこととなる)、その場から立ち去った。



はて、DHCとはなんなのか?

我々はそんな疑問を心に抱えながら、天城山登山を開始したのであった。




天城山に足を踏み入れると、想像していたよりもはるかに緑が少なくて驚く。4月も下旬に入ったはずだが、伊豆にはまだ新緑の季節は訪れていないのだろうか。枯れ枝や枯れ草を踏み鳴らしつつ、あまり整備の行き届いていない登山道を頼りに進んでいく。


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沢沿いを見下ろしながら歩いていくと、そこでは鳥の鳴き声が響き渡っていた。


ホーホケキョ♪


大好きなウグイスの鳴き声に癒されつつも、急登続きで足は乳酸が溜まりツラくなってきた。登山開始から3時間経過したころ、ようやく天城縦走ルートのほぼ中間地点である”八丁池”にたどり着くことができた。


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”池”とは人工的にできた水溜まりを指すらしいから、どちらかというと”湖”と表現した方がいいのかもしれない。360度を山に囲まれた中、ひっそりと姿を現す”八丁池”はオアシス感がハンパなかった。

八丁池の湖畔(?)は砂浜のようになっており、また食事をしやすい芝生の空間が広がっていてとても居心地が良い。我々はここで昼食をとることに決めた。



昼食ではクッカーが大活躍した。それぞれお湯を沸かしてカップラーメンを食べたり、ベーコンを焼いたり、アルファ米を炊いたり、思い思いの山メシを楽しんだ。


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写真は例のタクシー運転手Iさんから貰ったコッペパンである。

そして、この昼食で持参した水分をほぼ消費してしまった我々は、Iさんから譲り受けたほうじ茶・缶コーヒーに助けられる。今回の縦走ルート上には水分を補充することのできるスポットがない。もしもIさんから食料を受け取っていなかったら、我々の登山は失敗に終わっていた可能性が高いだろう(→ 登山には十分な量の水分を持っていきましょうね)。




昼食を終えると、時刻はすでに12時を回っている。翌日の仕事に支障をきたさぬよう、早めに帰宅する必要がある。我々は止まることなく足を進めなければならなかった。




登山後半は思いがけない試練の連続だった。

まず、山道の途中に設置された標識が明らかにおかしい。標識は山道の至るところに「万三郎岳まであと〇〇km」と書いてあるのだが、その距離感が常識を逸する。約15分で2km弱進んだかと思いきや、次の15分では300mしか進んでいないというような時空の歪みを我々に生じさせるのだ。

さらに、山道をところどころで見失ってしまう。山道に沿って取り付けられているリボンが途切れがちになっていたり、非常に見えづらい位置に付けられていたりするのだ。

また、メンバーが頭上の木の枝に頭をぶつけるという事態に複数回見舞われた。




そのような危機的状況の連続を、メンバーの1人がこのように表した。


これはDHC(ダーク・ヒストリー・カンパニー)の仕業だ、と。




タクシーの運ちゃんが言っていたことはこのことだったのか!

目から鱗が落ちる思いだった。。笑



以後、降りかかった災難をすべてDHCの仕業にすることで精神状態を安定かつ健康的に保ち、約14km・歩行時間約7時間の長距離縦走ルートを乗り越えることができたのであった。




―――

登山後は下半身を主とする疲労感・倦怠感、襲い来る睡魔で満身創痍となった我々は、DHC(ダーク・ヒストリー・カンパニー)によって赤沢日帰り温泉館へといざなわれた。


赤沢日帰り温泉館とは、DHCグループが運営するリゾート感満載の温泉施設なのだ!


ここの温泉はとにかく立地がよかった。なんといっても海と温泉が一体となって見えるオーシャンビューを楽しめる露天風呂。そして、DHCが誇る美容成分の入った薬湯もある。化粧水や乳液、シャンプーなどもDHCブランドで固められており、身も心も幸せになれる温泉だった。


温泉で疲れた体をさっぱりさせた後は、美味い地元食材を使ったメシに限る。ぼくはおすすめ定食を、そのほかのメンバーたちは地魚のおまかせ丼を食べた。美味かった。

 

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すべてのかたがついたときには、時刻はすでに19時30分を回っていた。しかし、我々はいまだに伊豆半島の割と下の方にいる!!

明日も仕事なのに~~と思いながら海岸沿いの道路をダッシュで北上し、なんとか22時には八王子に到着し、そこでそれぞれの帰路についたのであった。




久しぶりの前泊本気登山はめちゃくちゃ楽しかった。4人と少数精鋭ながら最高のチームにも恵まれた。

また来月の登山も待ち遠しいな~!


おわり

ゆうじボーイ、卒業します

桜がきれいな季節ですね。約1か月振りにブログを更新することにしました。


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最近ブログを書いていなかったのは、別にもうブログを書く必要はなくなったんじゃないかなと感じていたから。


ゲイブログカテゴリーを外してからは他のゲイの人と交流するツールとしてはかなり弱体化してしまったし、ブログつながりで新しい出会いを期待するということは特になくなった。

昔はブログを書くことで直接的にゲイの知り合いができなくても、間接的に自分と同じようにゲイとして悩む不特定多数の読者を少しでも勇気づけることができればいいなというモチベーションを抱いていたときもたしかにありました。自分の考えたことや経験が、どこかの誰かの心に響いてくれたらうれしいな、と。
ただ、最近はそんな慈善的な精神もすっかり息をひそめました(笑)。

ブログを書き始めた頃はゲイであることに不安定で見知らぬ人でも誰でもいいからとにかく共感してほしいというかまってちゃんだったんだけど、今はむしろゲイとして生まれたおかげで様々な年代や職種の友だちができて楽しく過ごすことができているから心が健やか且つ安定している。
どこかの誰かに向けたメッセージを書く暇があったら、身近につながっている人とのスケジュール調整に勤しむ方がよっぽど生産的な時間の使い方だなと思うようになったのだろうと自己分析しています。

そんなこんなでブログを書き始めた当初のモチベーションは、今現在のぼくのそれとは異なってきたのです。



が、しかし。

ブログを書き続けてきて、やっぱりブログを書いていてよかったと思うことは多々あるのでこのブログはまだしばらく続けます。(タイトルと冒頭文でブログをやめちゃうのかな?と勘違いさせちゃってたらごめんね。タイトルの件は後ほど……)


ブログを書いていてぼくが特にうれしいなと思ったことは、すでにリアルでつながりのある人たちがぼくのブログを遡って読んでくれて、ぼくのことをある程度理解してくれるという前提条件を見込めること。

ぼくの友人たちはほとんどが社会人で、会えたとしても週末に少し遊ぶというくらいなんだよね。会ったときには真面目な話をするときもあるけど、話題の大半はワイドショーのカルチャーニュース並みの軽いものだから、より深い部分としての価値観については語れなかったりする。
そんなときでも、ブログで自分の思いの丈を込めた文章を書き留めておいてtwitterにリンクを貼っておけば、大抵の人は読んでくれていて、次にあったときにちょっとしたリアクションをくれたりする。それがとてもうれしい。


みんな忙しいからこそ、会えたときにはきちんと心を通わせられるような話をしたい。ブログはそんなぼくの願いをちょっとだけサポートしてくれるツールだ!




―――

さて、本題に入りましょう(笑)。

「ゆうじボーイ、卒業します」の意味について。

自分で言うのもなんだけど、ここのところ老成してきたかなと感じている。って言ったら、「お前なんかまだまだ青二才のひよっこだ!」とお叱りを受けてしまいそうだけど、自意識として「もう今までのようにお子ちゃま扱いされたくない!」という気持ちになってきたんだよね。


ぼくは普段のお仕事では、子どもと関わることを生業としている。
大学生の頃から似たような活動を5年以上続けてきているんだけど、これまでは子どもと同じような目線で、一緒のレベルで遊んでいたことが多かった。だから、子どものおバカな言動も指導しきれておらず、上の立場の人からは「ゆうじはまだまだだ」という評価をされていることが常だったし、自分も若さにかまけてその評価に甘んじていた。

だけど、正職員として1年以上子どもと関わる仕事に責任感を持って携わってきた中で、ただその場を楽しく遊べばいいという享楽的なスタンスでいるだけではいけないんだなということを肌身で感じてきた。ちょっとしたケンカでもきちんと互いが納得いくまで話し合いをさせなければ問題は尾を引き続けるし、細かなことでも保護者や同僚に報告しておかなければ後々追求されて自分が追い込まれる破目に陥る。

遊ぶときは思いっきり遊びつつも、一歩引いた広い視点も持つ。これからはもっともっと大人としての余裕を持とうと思った。



「ゆうじボーイ」という名前はとある人につけてもらった。たぶん、遊戯王という漫画に出ているペガサスというキャラクターのセリフをパロッたものだと記憶している。
それはそれで割と嫌いじゃなかったんだけど、あと1か月もしないうちにアラサーになることを踏まえると、いまだに「ボーイ」と自称しているのはなんとなく幼稚な気がする。

ということで、名前を改名することにしました。


新しい名前の案 ↓

・ゆじ男
・ゆじ子
・ゆうじじぃ
・うじ虫
・ゆーじん

こんな感じのものをテキトーに検討してそのうち変えます。



最近は趣味趣向も少しオジサン化していて、マイブームは軽自動車を新たに購入するにあたってどの車種がいいのかリサーチすることと、YouTubeで中古物件の不動産投資について勉強すること。

物知りで頼もしいアラサーお兄さんになれるようにがんばります!

ゲイの読書サークルを辞めた話

1年半ほど加入していたゲイの読書サークルを辞めたので、その件についてちょこっと書こうかなと思います。




まぁ、いろいろあったわけなんですが、不特定多数の方が読むネット上に書くべきでないことが多分に含まれているので、そこら辺に関しては申し訳ないけれど省略させていただきます(ごめんなさい、そこが一番読みたいところだとは分かっています……)。

ただ、辞めた原因の直接的な理由には、ぼくがすごく嫌な思いをしたということには一応お伝えしたいなと思います。その嫌な思いをもたらす出来事があったとき、その原因の人物に対して、「それはやめてください」と伝えたのですが、適切な対応をしてくれなかったので、これは本当に無理だなと感じた次第です。




サークルを維持する上で大切なこととして「ケンカ・トラブルを起こさないように各自努める」ということは当然守るべき暗黙のルールだとぼくは考えていました。ただ、その人は自らケンカを起こすようなことをして、それでも当たり前のようにサークルを維持できると思っているところが、ぼくの価値観と異なります。


ゲイの人って、アプリで会って相性が合わなそうだなと感じたらすぐにブロックしたりして関係性を断ち切るということに慣れているから、今回のようなこともへっちゃらだったりするのかなって思ったりもしました。
けど、ぼくの身の回りにはそうではない信頼できるゲイの友だちもいるから、そんな風に決めつけちゃうのも良くないよなと思い直しました。




今回のサークルの脱退は自分的には円満だったと思うのですが、それができたのは、一番信頼できるサークルのメンバーに相談してから行動に移したからです。

その人がLINEで言ってくれた、「今までまったく楽しくなかったわけじゃないよね?」という趣旨の言葉が心に響きました。たしかに、サークルの初期には心から楽しいなと感じていたときがあったことは事実だし、そのすべてを台無しにしてしまうような辞め方をするべきではないなと考えを改めました。



その後、シンプルに「勉強に専念したいから無期限休会したい」とだけ書いてLINEグループを抜けたところ、個別LINEで「また遊ぼう」と声をかけてくれた方もいました。そこで声をかけてくれた人は本当にぼくのことを想ってくれているのだなとうれしかったので、彼らのことは今後も大切にしていきたいなと思いました。



そんな感じでゲイの読書サークルを辞めた話を終わりにしたいなと思います。



<さいごに>

ゲイの読書サークルの脱退に伴って、はてなブログのゲイブログカテゴリーの登録も外すことにします。公開から1週間後くらいかな。ブログはまだ続けるつもりでいます。

おわり

職場でカミングアウトしてみた

今朝、職場でカミングアウトしてみました。

といってもそんなに重苦しい雰囲気ではなく、割とフランクになんとなく言ってみたという感じです(笑)。

人として、ゲイとして、また一歩成長できたかなという出来事だったのでブログに残そうと思います。



―――

まず、カミングアウトしたタイミングについてですが、常勤職員が集まる職員会議の前の職員礼拝の時間を利用しました。

ぼくの職場はキリスト教の思想をベースとしている福祉系の法人を母体としているので、毎週職員会議の前には職員礼拝というものをします。具体的には聖書の一部を引用したものをみんなで一行ずつ輪読し、館長がその聖書の箇所にちなんだ話(奨励)をして、最後にみんなで讃美歌を歌うという簡単なものです。

職員礼拝では、月に一回、常勤職員が奨励を担当することになっています。10人ほどの常勤職員が奨励を持ち回りしているので奨励の順番が回ってくるのは年に一回なのですが、2月がちょうどぼくの順番だったのです。




奨励では、各職員が割と自由に話をしています。自分が仕事を始めるきっかけになった出来事について気軽に話している人もいれば、他の職員にも共有したいことを真面目に語る人もいます。




ぼくが奨励を利用してカミングアウトしてみてもいいんじゃないかと思った理由には2つあります。


まず1つめは、以前別の職員が話していた奨励の内容のインパクトが大きく、心に強く響くメッセージとなったので、自分もそういった話をしてもいいんじゃないかなと思ったからです。

その職員は50代の女性なのですが、普段は弱気を漏らすことも少なく、責任感強く残業も厭わず働いている方だなと感じていました。なんとなくの情報として、これまでシングルマザーとして子育てしてきて、今は娘さんと二人暮らしをしているんだなということは知っていたのですが、プライベートについて話したことはほとんどなかった状況です。
その方が奨励で話した内容はというと、昔結婚していた男性からDVを受けていて、娘にも危害を加えられそうだったから、母子シェルターなどを利用してなんとか逃げてきたという過去についてでした。その職員の苗字が実は本名ではないということをそのとき初めて知り、衝撃を受けたこともよく覚えています。

自身にそのような暗い過去があったにも関わらず、現在は他の家庭や子どもを支援するために働いているという事実に少なからぬ尊敬の念を抱きました。



もう1つの理由としては、ちょうど数日前に区が主催する人権研修を受講してきたということも大きなきっかけでした。

ぼくの勤務先は某区の施設の指定管理の下にある児童福祉施設なので、その区が主催した指定管理の職員を対象とした研修を受ける機会があるのですが、内容がまさに「セクシャリティの人権」を含んだものでした。
ぼくは今まで、公的な立場にある人がセクシャルマイノリティについて話すという場に顔を出したことがなかったので、今回の研修で「自分も安心して暮らせる時代が来るかもしれないな……!」という風になんとなく感じられました。

人権研修の感想を他の職員にシェアするという建前で、「実は自分もセクシャリティで、こういうことに困っていました」ということをついでみたいな体で話してみてもいんじゃないかと思いました。





そんなこんなで職員礼拝の場でカミングアウトすることを決意したのですが、一応問題点はあります。それは、聖書には同性愛について批判とも解釈できる文面が載っているということです。

ただ、これまで一年間働いてきた中で、ぼくがゲイだと言ったところで態度を悪くするような人はいないだろうと自分なりに判断したので、この機にぶっちゃけることにしました。
元々、いろいろな家庭の事情や子どもの性格・特性についていろいろ情報を共有したりする機会が多い職場なので、ぼくがゲイだと言ったところで、だから何だという程度のリアクションだろうということも感じていました。「〇〇くんに発達障害の診断が出た」とか「△△さんの別れた父親は受刑者だから偽名を使っている」とか、そんな情報と比べたら、職員の一人がゲイだなんて屁みたいなことですよね。


また、自分は早かれ遅かれ、近い将来には転職するということを心の中で決めているので、ぼくがゲイだとカミングアウトしたことで差別されたなら、それまでの会社だったんだなということで、早々に見切りをつけるんだろうなというくらいに思っていました。




とにかくそんな感じの背景があってカミングアウトしたのですが、実は内心かなりビクビクしていました。カミングアウトではどうしても「ゲイ」という単語を使えなくて、「セクシャルマイノリティ(の当事者)」という形でぼやかして話しました。

「ゲイ」という言葉の持つ強さにはまだ正面から向き合えないですね……。

すごく昔にブログに書いたかもしれないけど、以前ゲイが男児をわいせつしたということでゲイに対してかなり強い不信感を持っている業界に勤めていたことがあり、今の子どもと関わる仕事でも「小児性愛者」的なイメージを持たれてしまうことがかなり怖いなという思いをいまだに持ち続けています。

今の職場ではそういった偏見を持つ人はいないだろうなと思っていますが、いつかそのような思想を持つ人が混じってくることも考えられるので、常にカミングアウトには慎重を期したいなと思います。




カミングアウトした結果はというと、カミングアウト前と特に変化はないという感じです。

そもそもぼくは職場でプライベートのことを話すということがほぼほぼなく、基本的に無口キャラなので、カミングアウトしたからといってわざわざ詮索するために話しかけてくる人もいなかったです。
寂しいといえば寂しい結果なのかもしれないのですが、ありのままのぼくを知ってもらい、その上で自由に放っておいてくれる(恋愛や結婚の話をわざわざこっちに振ってこないという)という環境はぼく的にはとても居心地良いなと感じます。


仕事上の付き合いなので、それ以上深い付き合いはしていくつもりもないので、必要最低限のぼくの扱い方を職場の同僚たちに知ってもらえたという点で、今回のカミングアウトはとても有意義だったのかなと思います。


おわり

「プラトニックでもいいよ」と言ってくれる人と付き合いたい

ブログを更新するのはすごく久しぶりな気がします。



2019年に入ってからキャンプも登山もスキーもして、ブログのネタはいろいろあったんだけど、パソコンの調子が悪かったのでなかなか記事にできていませんでした。


1月の上旬頃からパソコンがなんかインターネットに接続できなくなったなぁ~ってなって、そのうちスマホWi-fi接続できなくなっちゃって、これはおかしいぞって思ってたんだけど、インターネットがなくても案外1~2週間は平気で暮らせたりするものです。まぁ、スマホWi-fiがなくてもインターネットに繋がるし。

それから休みの都合が合わなくて修理に出す時間もなく、インターネットが繋がらないという状況が続いてました。もちろん、自分ができる範囲で直そうとトライしたんだけどうまくいかなかったので、しばらくしてからようやく家電量販店に相談に行きました。
パソコン無料相談員さんに診てもらったところ、「パソコンもWi-fiルーターも異常ないですね」という診断結果でした。あとは、「プロバイダの回線装置側に問題があるかもしれないので、プロバイダに問い合わせるしかないです」ということになり、これは面倒くさいことになったぞと思ったんだけど、「ちなみに、ルーターのリセットは試しましたか?」と言われて、そういえばそれは試していないことに気づきました。

自宅に戻って、ルーターの爪楊枝みたいな細長い先っぽで押さないといけないような小っちゃいリセットボタンを押したらこれがビンゴ!やっとこそさインターネットに接続することができました。

どうやら兄がiPadとかPS4をぼくのルーターに接続したため、ルーターの内部の設定が混乱しちゃってたのが原因なのかなと思います。リセットボタンを押すだけで長い期間不便だったことが解決するんだったらもっと早く試せばよかったなぁ~と感じた出来事でした。




―――


はい。いつものごとく話題が逸れまくっていますが(笑)、最近のぼくのゲイデンティティについてちょっとだけ書こうかなと思います。


このことは書くかどうか迷っていました。これから話に出す方は99.9%の確率でこのブログを読んでいないのだろうと確信しているのだけど、もし万が一その人が読んでしまったら少なからずショックを与えてしまうかもしれないなと思ったので。ただ、ぼくにとってはすごくインパクトの大きなことだったので、このブログで書いて気持ちを整理させてください。



先日、エッチな体験をしました。

した、というか、された、という表現の方が正しいのかもしれません。しかし、最初のきっかけが相手だったのは確かだけど、自分から手を出したという部分も否めないので、まぁその点についてはとりあえずこれ以上言及しないことにしたいと思います。


あんまり詳細を書くと身近な人に誰か特定されてしまうのでうまく書けないんですが、状況としてはぼくの意識が朦朧としているときに、相手の方から手を出してきたというのが事の始まりです。

ぼくは相手の方(もちろんゲイ)に対して、人として少なからず好意を抱いていました。それを冗談半分で口に出して伝えることもあったし、それが相手を誤解させるきっかけを作ってしまったので、自分にも反省点があったのだと今では思います。
ただ、その人とは本気で性的なことをしたかったわけではなく、そのエッチな体験はぼくの意図した行為ではなかったのです。


その人のことを”人としては好き”だけど性的なことはしたくないという理由としては、まず相手の方にパートナーがいるということが挙げられます。また、そのこと以上に大きな理由として、自分自身がまだ性的なことにはまだ踏み出したくないなという戸惑い・恐れがあったということもあります。


とにかく、意図せずちょっとエッチな行為をしてしまったことにより、結果として後悔と自己嫌悪に苛まれました。あと、とにかくその人との関係が気まずい。

別に恋人でもない人だし、というかその人にパートナーがいるし、笑いのネタとして昇華することもできない黒歴史と化しちゃってるから、なんでもっとあのとき本気で拒否しなかったんだろうって思います。


……という、ここまでが一連の出来事とそれに対する心情でした。



ぼくは初めてこのようなゲイ同士の仲間内で、大したことではなにしろ、性的接触を持ってしまったので、戸惑いがかなり大きかったのですが、ゲイコミュニティでは割とあるあるなのかもしれないなと思ったら少し気持ちを切り替えることができました。

この経験を通じて学んだことは、恋人でもなんでもない人とエッチな行為をしてしまうと後々になって後悔や自己嫌悪に苛まれる可能性大だから、その人とその後どんな関係になっていきたいか、一旦理性的に考えてみて、それでも大丈夫だったのならエッチな行為を続行すべきだなと思いました。もちろん、その場の流れや欲の強弱によってはどうにも止められないときもあるのだろうけれど……(笑)。



ぼくは最近、恋愛的なことからかなり遠ざかった生活を送っていて、それはそれで割と楽しく過ごすことができているのだけど、そのうち仕事とか勉強とかが落ち着いたらまた「恋人を探す」ということに本気で取り組むときが来るのだろうと思います。

ぼくの場合、何度考えてみても男性とのエッチな行為は恋人関係において必須項目ではないんだよね(手をつないだりハグしたりはしたい)。それよりも何よりも、心理的な絆とか愛着があるとか、そんな恋人と将来的なビジョンを語ったお付き合いがしたいと考えているんだけど、我ながら重いなぁ~(笑)。



今求めていることとしては、ゲイに限らず、Aセクとか、FtMゲイとか、そういうセクシャリティの方も含めて、エッチ抜きでも真剣にパートナーを探している人に会って話を聞いてみたい感があります。別にゲイじゃなくても、相性が良ければプラトニックな良い関係を築いていけそうかなと。ただ、相手の見た目は男じゃないとダメだから、自分はやっぱり生粋のゲイなんだよね。


どこかでプラトニックなゲイ男性の集いを開催してないかね?それか、そのうち自分で主催しちゃおうかなと考えている今日この頃です。


おわり